<レーシックガイド>適性検査を受けてからレーシック


<レーシックガイド>適性検査を受けてからレーシックブログ:20151224


わしは親が本当に嫌いでした。

小さいころの記憶といえば、
家で日本酒に溺れるお父さん、
そのことでお父さんをなじる母親。

そしてその怒りを姉やわしにぶつけ、
姉はその怒りをわしにぶつけていました。

家には居場所がない…
お子さんの時のわしは
そう考えるしかありませんでした。

以前、実家に帰った時に
小学生の時に作った壁掛けがあったはずなので、
母親に見せてほしいと頼むと、
「捨てた」と言いました。

わしは当然のように聞きました。
「なんで捨てるねん、小学生のとき作った作品で唯一残ってるやつやん」

母親は言いました。
「あの壁掛け吐き気するくらいキライやねん。
灰色とかなんともいわれへん色ばっかりやから」

その通りです。
わしがみても30秒が限界なのですから…
小学生の持つ明るさなどまったくなく、
絶望という言葉がふさわしいような色だけでした。

そして中学、高校と
表面的には普通のお子さんでしたが
内面的にはどんどんゆがんでいきました。

変わることのないお父さんと母親、姉との確執。
その時のわしの望みはただひとつ、
「楽に死にたい」

何度も首をくくる練習もしました。
包丁をお腹にあてたりもしました。
このまま目が覚めなかったらいいのに…と
毎日のように思っていました。

そしてある時、わしは決めました。
「こいつらは赤の他人や」と。

そしてわしは一度だけ親に言ったことがあります。
「こんなゆがんだ性格にしたのはあんたらのせいや、謝ってほしい」と。
親は頭を下げました。

でも、そんなわしでも
今は少しづつお父さんも母親も姉も
許せていっています。

姉にお子さんが産まれ
実家でお子さんたちと遊ぶようになった時に、
姉から
「ありがとう」と感謝をされたことで
わしの中で何かがかわりはじめたんです。